伊藤詩織さんの事件に関連して、そもそも逮捕状が出ていないのではないかという指摘が見受けられるようになりました。根拠としては伊藤さんと新潮以外に情報ソースがない点であるようです。つまり伊藤さんは逮捕状が出て取り消されたと嘘をつき、新潮は伊藤さんにのせられて不十分な取材に基づいてガセ記事を載せたというわけです。
わたしは、逮捕状取り消しは事実と考えていますので、本エントリでは以下の3点から論じたいと思います。
- ソースが限られるのは刑事訴訟法47条から必然
- 伊藤さんは警察・検察で録音を行った上で著書を執筆している
- 検察・警察側が伊藤さんの主張を否定するリークを行っていない
1.ソースが限られるのは刑事訴訟法47条から必然
刑事訴訟法第47条 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。
ここでいう「訴訟に関する書類」には、事件の捜査記録も含れます。また、本件のような不起訴事件は「公判の開廷前」との解釈になります。
(参考:https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/jyohokokai/pdf/041130_k_03.pdf)
従って、不起訴となった本件では、逮捕状が出たのかどうか、野党合同ヒアリングだろうが国会質問でも検察から「刑事訴訟法の規定もあり答えられません」と回答され終了です(実はブログ筆者は若干違う見解を持っているが、本題から外れるので別の機会に述べる・・・かも)。したがって、本件で逮捕状が出たの出ないのと書けるのは、事件の当事者である伊藤さん、関係者に直接取材を行った週刊新潮のみとなってしまうのはなんの不思議もありません。ちなみに、もう一方の当事者である山口さんは、「私は逮捕状が出たことを知らなかった」という表現をしています。
2.伊藤さんは警察・検察で録音を行った上で著書を執筆している
さて、伊藤さんの著書を読むと、警察や検察官とのやりとりは実に詳細に描写されていることに気づきます。以下のサイトによれば、伊藤さんは捜査機関を訪れる際にはボイスレコーダーを忍ばせていたようです。
「It was at this time, that I had make the shift in my head from complainant to journalist - I started to analyse how the police were handling the case and decided to record all my meetings with them. Since then I have set a digital recorder going in my bra just before entering any police station.」という記載をdeepLで日本語に翻訳すると「この時、私の頭の中では、告発者からジャーナリストへとシフトしていました - 私は警察がどのように事件を処理していたかを分析し始め、彼らとの会議をすべて記録することにしました。それ以来、私は任意の警察署に入る直前に私のブラジャーに行くデジタルレコーダーを設定しています。」となります。最後の部分の翻訳は「私は警察署に入る前に、録音モードにしたレコーダーをブラに忍ばせた」あたりが読みやすい日本語でしょうか。なお、ここでいう「この時」というのは、上記BBC記事によれば「柔道場で再現をさせられたとき」とのこと。著書ブラックボックスでは日付までは確定できませんが、おそらく2015年5月頃のことでしょう。
さて、伊藤さんは帰国(おそらく6月中旬頃)してすぐに警視庁捜査一課に呼ばれた時のことを以下のように記しています。
逮捕後の拘留期間は20日しかないため、今わかっている範囲の証拠では捜査を詰め切れず、わざわざ逮捕しても不起訴になってしまう。だから、もう少し任意で捜査を継続することになった、というのが彼らの説明だった。(略)特に逮捕状に関しては、この日も繰り返し質問したが、納得できる回答はなかった。以下は、上司の男性捜査官がその時口にした言い分だ。
「逮捕状というのは、簡単に出ます。被害届があって、この人が犯人ですと被害者が言って、ある程度捜査して、そうなんじゃないかな、というレベルで出る。今回の場合は特に、山口氏はあなたの顔見知りだがら、あなたが誰かと見間違える恐れは100%ない。怖い話ですが、それだけで大体、逮捕状は出ます。(略)よくあるのは、被害者が海外にいたり、行方がわからなかったり、逃げているわけではないがどこにいるかわからない場合、警察官が逮捕状を手に持っておくというケース。持っているからといって執行しなければならないわけではなく、執行する段階でまた判断してくださいね、という意味です。今回も、山口氏はアメリカにいたので逮捕状を取るのは適正だと思いますが、帰ってきた時点で、行方がわからなくなったり、逃走する恐れがないとわかる。特に証拠隠滅のおそれは今回はありませんので、その逮捕は適正なのか?という判断になった。(略)高輪署は高輪署で判断して逮捕状をとったのでしょうが、我々は主管課なので、報告が上がった時に、それは逮捕の要件が今は無いので待ちなさいよ、という判断になったのだと思う」(Kindle版 No.1356)
さて。これだけであれば、伊藤さんが「私は録音を持っている」と嘘をついているだけの可能性も棄却できません。そこで、次の3点目です。
3.検察・警察側が伊藤さんの主張を否定するリークを行っていない
伊藤さんの著書で「ブラックボックスだ」などと散々コケにされた警察や検察はなぜ沈黙を保っているのでしょうか。思い出してほしいのは、実のところ、社会的に重大な事案については検察や警察は上記の刑事訴訟法47条などまるっと無視して、マスメディアに情報のリークを行ってきたということです。最近だとカルロス・ゴーン氏やカジノ関連、広島の河合夫妻問題が目立ちますが、それ以外にも有名人の覚醒剤事案なども勘案すると、実際には日常的にリークは行われています。
本件は野党側が山口さんと安倍総理との距離の近さから政権攻撃の材料となっていました。もし、伊藤さんの主張する「逮捕状取り消し」が嘘なのであれば、野党からの攻撃を無効化し警察・検察の名誉も守るため、賭け麻雀のついでにでも情報をリークすればよいところ、検察がそれをしていないのは、伊藤さんによる録音データ暴露を恐れてのことではないでしょうか。
ちなみに、「伊藤さんは録音を持っているのなら出すべきだ」とかアフォなことを言う人が出てくるのですが、大富豪と一緒で切り札は重要な時までとっておくものです。最初から2やジョーカーを出す必要はないのです。
本エントリは以上です。最後までお読み頂き有り難うございました。